by admin
お金がなくて悩んでる人って、日本にはたくさんいる思いますが、僕も自信を持って言えますが、その一人です。
やっぱりお金があると、美味しい物が食べれたり、良い所に住めたり、心にも余裕がもてたりいいところづくしのように思います。もちろんその人が苦労して稼いだ場合がほとんどだと思うので、ただただ羨ましがっていてもなんの意味もないのですが。
幸福度で考えてみます。
お金もあって、それを自由に使える時間もある人は、幸福度の高い人が多いでしょう。
逆にお金もないし、自由な時間もなくやりたくもない仕事をして、苦しい生活。これでは、幸福度は低いことが多いといえるでしょう。ただここからは、すっごく難しい問題です。
お金があっても自分の時間がない。
お金がなくても自分の時間がある。
これってどっちが幸せなんでしょうか?
「人それぞれ」と言ってしまえばそれまでですけどね。
身を犠牲にしてでも、老後のためにお金を貯める。
体が満足に動く今を十分に楽しんで後先は考えない。
どちらも補えていれば言うことなしですが、どちらかとなるとホント個人の問題になりますね。
現代の若者の流れとしては、将来に不安をもっている人が、ものすごく多いと思います。
老後が心配だったり、食いっぱぐれが心配だったり。
なのでこれだけどんな企業であろうと就職への強い願望があるのでしょう。
僕の思うところとして、主観的な分析にはなってしまうのですが、これからの日本として、とりあえず自分の将来の安心さえ確保できればいいっていう若者が多いことはとても危険だと思うのです。固定給のためにやりたくない仕事をすることで安心を得るのは、本末転倒になってしまって、日本の国力や個人の力も低下させるのではないかと危機感を覚えてしまいます。
ん〜むずかしい。
by admin
毎年春が近づくと、目がショボショボし始めます。鼻もムズムズし始めます。
僕は重度の花粉症です。
なんか花粉が飛ぶ量って年々ふえてません?毎年前年比の5倍くらいじゃありません?
いけないとわかっているんですが僕は目がかゆくなると我慢せずにかいてしまいます。
もうおもいっきりかきます。するともちろん余計にかゆくなります。馬鹿です。目薬しても効きません。
鼻水も尋常じゃないほどでます。鼻が詰まりすぎて、息が荒くなるほどで、周りから気持ち悪がられます。だってつらいんだもの。しかたないじゃない。
ちゃんと医者に行く、という行動を起こしてない僕悪いんですけどね。毎年市販の薬でギリギリ頑張ってます。
これだけ苦しめられているにも関わらずどこかで花粉症を舐めているんです。
この気持ちって分かりませんか?なんか花粉症って軽い病気に思えません?むしろ病気とすら思えないような。
「医者にちゃんと通えば良くなったよ」って言われるんですが、なんか花粉症のために病院に足を運ぶのが癪に障るというか。ええただの大馬鹿です。
花粉症は異常な程にくしゃみと鼻水がでます。
くしゃみって本来たまに出るものですよね。それが連続5連発、更にそれが何度もってなるとそりゃ鼻の中は傷ついて、鼻風邪も併発します。それがまた辛いんです。
人前でくしゃみをするときはちゃんと口と鼻を覆うものですよね?ただもうこれだけくしゃみが出るともう開き直っちゃって、ガンガンまき散らしちゃってひたすら人に迷惑をかけるばかり。
花粉症に苦しめられている人はたくさんいると思います。
一口飲めば一生花粉症にならなくなる薬がでれば、いくらだしても買いたいと思いながら、鼻水すすって駄文を書く僕でした。
by admin
日本には四季があります。
その分だけ季節の変わり目があります。
そして僕はファッションに疎いです。
なんか最後は関係無いように思いますが、僕はファッションが好きな人たちって、季節の変わり目にもしっかり対応できる人たちなんだと思ってます。
だって季節ごとに洋服の情報を取り入れているんですもん。
それに比べて僕は、世の中が防寒し始めているのに、シャツ一枚で外に出てしまうほど季節の変わり目に対応できない人間です。
そこに対応できないということは体を壊しやすいということです。
なんか最近ずーっと風邪をひいている状態のような気がします。
いつ治って、いつまた風邪になってるのかの区別がつかない感じになってきています。
毎年こんな感じなのでもう慣れちゃってます。
じゃあちゃんと考えて服を選んで、しっかりと防寒なりなんなりすればいいだけです。
しかしどうにも面倒臭い。風邪をひくまで気が付かない。
このものぐさな性格は直さなければと思うんだけどなかなか直るもんじゃありませんね。
「面倒臭い」って思うことって世間的には良しとされていませんよね。なにか行動するときの妨げになるやっかいな感情だなぁと僕も感じます。
ここからはなんか自己正当化みたいになっちゃうんですけど、でもやっぱ面倒臭いって自分の率直な欲望でもありますよね。
自分がそれをしたくないってことを体が教えてくれているというか。
そこに従うのは別に悪いことでもないのかもしれません。やっぱやりたいことをやれるのが幸せなことだと思うんです。そのために「面倒くさい」って僕にとって必要かもしれません。
直さなきゃ直さなきゃって言いながら、堂々とめんどくさがりな性格でいようかなとも思う今日この頃です。
by admin
僕には一度でいいので、なんの料理でもいいので、高級店に入り、その店のさらに一番高い料理を頼み、なおかつ「まぁまぁだな」なんて言ってみたいのです。
ってこれじゃめちゃくちゃ嫌な客になっちゃいますね。やっぱ別に言ってみたくないです笑。
しかし最近感じるのは、「食」というものを知り尽くしてみるのも楽しいんだろうなぁということです。
今現在、僕は「食」に興味が湧き始めているのですが、悔しい話、興味をもつほどの経済力がないです。
やはりお金持ちにグルメな人って多いですよね。お金があれば毎日いいものを食べることができるから舌がこえていく。羨ましいばかりです。
でも安くても最高に美味しい物もありますよね?
いつか僕はそれらを食べ比べていく、くいだおれの旅をしてみたいと、目論んでいます。
お金が無いなら、自分の足で食べに行くしかないですよね。
人間の三大欲求の食欲。
元々「腹を満たすだけなら何食っても一緒じゃないか」と僕は豪語していたのですが、「本能からくる欲求を満たすのなら、質を求めるのもアリだろう」なんて考え方に変わってきました。
いくら御託を並べたって、結局は欲望のままに動くのが人間です。
ならば、この世に生きているのだから、自分の納得できるところまで欲望の質を追い求めてみたいものです。
「あーうまいものいっぱい食べたなー」って思えたら幸せですよね。
僕は、幅を広く物事を知っている人こそ、余裕があるし人間的な魅力を持っていると思うので、僕自身も人から見てそう思われたいのです。
そのためにはまず自分の中での質をあげていくことなのでしょう。
念密にくいだおれ旅行計画を立て、日本各地いや、ゆくゆくは世界各地に足を運んでみたいです
by admin
いきなりですが僕は、一人でいることが全く苦になりません。
むしろ、大勢でいるくらいなら、一人で何か楽しいことを見つけて、それに触れたり、実行したり、勉強してみたりする方がよっぽど建設的だと思うからです。
でも周りをみると、なかなか同じような考え方の人はいないものです。
皆、人と一緒にいることで、根拠のない安心感を感じてしまっている気がします。
僕は一人で暇だからといって、友達を遊びに誘う気は全く起きません。遊びに誘われても基本的に乗り気にもなれないのです。
遊びに誘われたりするたびに僕は、その都度、「遊びに行ったり、飲みに行ったりして意味はあるのだろうか」なんて考えたりして、足がどうしても動かないのです。
友達からは「それで人生楽しいのか」なんてたまに言われたりするのですが、「お前よりも楽しんでるわ」と言ってやります笑。
僕はそれほど、孤独でいられる自分に誇りを持っているし、強さだと思うのです。
「ときには助けあうのが人間で、人付き合いは大切」っていう理屈はわかるんです。理屈だけは。
でもそれを自分の考え方の中に入れるのは、一生できない気がします。だって必要ないんだもの。
「人に助けてもらえば簡単でも、一人では難しいこと」はこの世の中にたくさんあるのも大体理解しているつもりです。でもここまで僕は、自分のやりたいように、やってきました。
今までの生活には、不満は何一つありません。なので、どうなるかなんて全く分からない人生だけど、このまんまいけるところまでいってみたいと思うのです。
死ぬときには「あぁ間違ってなかったな」なんて思えたら最高です。それは孤独死であろうと。
死ぬ瞬間まで、一人でいられる誇りを持っていたいものです。
by admin
僕はコンビニをよく使います。
コンビニがスーパーなどよりも割高なのは、重々承知です。
でもこれだけ至る所に、いろんなコンビニを置かれると、ものぐさな僕なんかはすぐにコンビニに誘われちゃいます。
そしていつも後から考えればいらなかったなと思うものを買わされてしまいます。
ひと通り弁当、飲み物、たまに日用品などの最低限必要なものを買い物かごに入れた後、レジに並び、ふと見るとあるんです。
揚げ物、肉まん、おでんなどのレジ横商品が。
あのこってりと光り輝く揚げ物たちが目に入ってしまうと、弁当があるということは忘れ、自分が今メタボリックなことも忘れ、いつのまにやら店員さんに、「あと唐揚げとアメリカンドック」などと言ってしまっているのです。
そしてそれらをたいらげた後、「あぁ・・・またコンビニの戦略にまんまとはまってしまったな」と負けたような気分になるのです。
決して広くないあのコンビニの店内には緻密な計算により様々な戦略が張り巡らされています。
レジ横の商品なんて、財布をだしてレジに並ぶという人間が一番無防備な状態に誘惑をするというものだし、立ち読みしている客を外から見えるようにすれば、店内にこれだけ客がいるという、一種の安心感を外にいる人々にむけて演出できます。
まだまだドンドンと増えていくであろうコンビニ。
ある弁当屋チェーン店なんて、立地による集客の計算をせずにすむという理由で、コンビニの近くに店を建てるほどです。
いつもなにかを模索している僕としては、ただただお店として使うのではなく、コンビニ先輩から何かを学べたらいいなと思うのです。
あと何回かレジ横の唐揚げを食べれば学べると思うので、今日もコンビニへ無駄遣いしに行ってきます笑。
by admin
芸能界でも、僕の周りでも、できちゃった結婚はものすごく増えているような印象を受けます。
一言で、できちゃった結婚といっても、子供ができて結婚に達するまでには、その二人の間には様々な考えがあったりすると思うんです。
いいキッカケとして子供を授かった時に結婚とする分には、全然いいと思うのですが、中にはなんの考えもなしに子供ができてしまい、ほぼ仕方なく結婚しているようなバカも居ると思うんです。
そうなったらもう最悪で、生まれてくる子供は不幸です。
ある程度の計画の上でないと絶対に良くないです。絶対に子供が重荷になってはいけないと思うんです。
まぁでも、余裕があって、いつ子供ができても大丈夫なんていう二人の間でも、子供ができての結婚は「できちゃった結婚」と呼ばれたりするのは、どうだろうかと思います。
「できちゃった」っていかにも、悪いことのように表現してるように聞こえてしまいます。
こういった意見は多かったのでしょう、「授かり婚」なんていう言い方もあります。こっちだったら、いかにも望まれて授かったって感じがします。ですが、「できちゃった婚」のほうがインパクトも強い分あまり「授かり婚」は浸透していないような気がします。
芸能人なんかで、「できちゃった結婚」なんて報じられて、その時の騒動などは、ニュースとして、後にも残ります。
それを大きくなったそのときの子供がみたらどう思うんでしょうか?
僕は芸能人の息子では無いので、想像もできないんですが、結構悲しかったり、恥ずかしかったりするんじゃないかなと思います。
報道する側はその時のインパクトの強さで判断せず、その後のためにも、考えて報道すべきです。
はやく「授かり婚」が浸透する世の中になればいいのになぁ。
by admin
どうしておばちゃんってああなんでしょう。
どうして人の目や気持ちを考えないんでしょう。
そしてなんで僕はこんなにおばちゃんに絡まれやすいんでしょう笑。
このあいだ一人で道を歩いていると、信じられないくらいすごくムカつくおばちゃんに遭遇しました。
「なぁなぁ」と突然声をかけられ、なんだと思ってふりむくと、そこにはドギツイパーマで、ドギツイ性格ですと言わんばかりの顔をしたおばちゃんが立っていました。
「はい?」と返すと、バッと僕に大きな手荷物を渡そうとしてくるのです。
意味がわからなかったので、「これがどうしたんですか?」と聞くと、「いやわかるでしょ運んで。」と言ってくるのです。
見た限りまだ50代くらいのよくいる元気なおばちゃんって感じです。
本当の話です。こんなおばちゃんってたくさんいるんです。
まぁ別にいいかと思い、承諾して運んであげる事にしました。
僕が手荷物を運び始めると、おばちゃんは申し訳なさそうな顔ひとつもせずに、ずんずん先に歩いて行きます。
「絶対この人自分で運べる・・・」と思いましたが、引き受けたものはしょうがないので、目的地まで運んであげました。多分300mくらいの距離でしたが、荷物は何が入ってんだってくらい重く、かなり腕が疲れました。
そして荷物を降ろすと、おばちゃんは「はーい」と一言だけ言って、何かをポーンとこちらに投げました。
キャッチすると飴玉でした。びっくりしておばちゃんをみると、荷物をもってガンガン歩いて行く姿が目に飛び込んできました。
僕は何も言えず、そのまま飴玉一個もったまんま立ち尽くしてしまいました。
僕は交通事故にあったんだと自分に言い聞かせて、無理やり全てを受け入れました。
こんな時は、愛車でドライブして気分転換するに限ります。
僕をいやしてくれるのはジュークしかしません。
はぁ、おばちゃん苦手だわ・・。
by admin
最近、暴走族が減っているのだそうです。
そう言えば、以前は、夜中にパラリラパラリラと派手な音がどこからともなく聞こえていましたが、ここ数年音を聞かなくなったし、走っている姿も見なくなりました。
以前、私の家の近くを走っていた暴走族は、ゴットファーザーのテーマ曲を流しながら走っていたので、ゴットファーザーの曲を聞くと「あ、暴走族だ」と思うようになってしまいました。
暴走族が減った理由は、暴走族には厳しい上下関係があるため、厳しい上下関係を苦手とする今の若者が暴走族に興味を示さなくなった、ということや、不景気で、オートバイの改造などにお金をかけることができなくなったなどということが挙げられているのだそうです。
確かに、オートバイの改造には大きな費用がかかりそうですよね。
また、暴走族のような走り方をすれば、燃費も悪そうなので、ガソリン代も結構かかるかもしれません。
不景気の波は暴走族にまで及んでいるようです。
そして、最近でも暴走族を続けている若者は、以前のように全員同じ特攻服で揃えるというようなこともなく、普段着に近い格好で走っているのだそうです。
特攻服を作るのにもお金はかかりますからね。
最近の暴走族は、仲間と一緒に走るのが楽しいから走っているという若者が多いのだそうです。
時代は変わっていくものですね。
以前の暴走族は、全員特攻服を着て、社会へ抵抗することに憧れがあったのだそうです。
しかし、今の若者には、それをかっこ悪く思っているようです。
暴走族による交通の妨げがなくなるのはとても良いことです。
夜中に騒音に悩ませられることもなくなりました。
また、暴走族による犯罪も減るでしょう。
いいことばかりなのですが、一時代が終わったような感じがして、なんだかちょっと寂しくなったのは私だけでしょうか。